ギフテッド、ASD、高IQ。
この言葉を検索しているお母さんの多くは、きっとこう思っているのではないでしょうか。

うちの子の特性を理解してくれる場所が、どこかにあるはず
私もその一人でした。
娘は知的好奇心がとても強く、興味を持ったことにはとことん没頭するタイプです。
けれど、集団に合わせて長時間過ごすことが難しく、味覚や匂いにも敏感。
小学校では周囲とのズレに苦しみ、やがて心が折れてしまいました。
二次障害によるうつ状態になり、登校が難しくなった時期もあります。
この子が笑顔で学べる環境を探したい——その一心で挑戦したのが中学受験でした。
そして、もっとも娘に合っていると感じた私立の中高一貫校に進学。
現在は高校2年生になり、毎朝楽しそうに登校しています。
部活も研究活動も全力で取り組み、日々の充実ぶりにこちらまで嬉しくなるほどです。
けれど、そこにたどり着くまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。
「私立に入れば安心」と思っていたのに、中学時代はむしろ本当の意味での”試練”の時期でした。
再びのうつ症状、孤立、登校できない日々。
あのころは先が見えなくて、毎晩不安で眠れない日もありました。
それでも今、振り返って思うのは——あの3年間があったからこそ、娘は”自分らしさ”を見つけられたということです。
この記事では、以下のことをお伝えします。
- ギフテッド・ASD傾向をもつ高IQ女子が、私立中学でどう過ごしどんな壁を乗り越えたか
- 不登校期間の過ごし方と、家庭でできるサポート
- 高校から一気に花開いた理由
中学時代がどれほど苦しくても、高校から景色が変わることは本当にあります。
同じように悩むお母さんに、「きっとこの先、光が見える」と伝えたくて、この記事を書いています。
中学受験と入学、そしてコロナ禍
中学入試、そして合格へ
娘が中学受験に挑戦したのは、ちょうど世の中で新型コロナの流行が始まったころのことです。
小5でうつ状態になって以降、娘にとって学校は「行かなければならない場所」でしかありませんでした。塾だけが唯一の楽しみという日々。イベントのある日だけ登校するような生活だったため、中学校への憧れも特になかったように思います。
模試では志望校の合格率は80%以上。それでも学習意欲を高めるために、少し上の偏差値の学校を第一志望に設定していました。
本番当日、娘は特別に気合いが入っていたわけでもなく、淡々と受験をこなしていました。結果は、第一志望校は残念ながら不合格。けれど本命だった中学校には午後入試で早々に合格をいただくことができました。
初めての登校で感じた、馴染めなさ
2月末、制服と体操着の採寸のために初めて中学校を訪れました。
他の親子が楽しそうに会話を交わすなか、私たちは言葉少なに黙々と採寸を済ませるだけ。
話しかけてくれる子がいても娘はほとんど反応せず、その様子を見て私は胸が締めつけられるようでした。
どうかこの子が、少しでも安心できる居場所を見つけられますように——そう祈りながら帰宅したのを、今でも覚えています。
コロナ禍による一斉休校、そして自粛生活へ
その直後、世界は一変します。3月初旬には全国一斉休校の要請が出され、娘が通う予定だった私立中学も休校に。
まじめな娘は「外に出たら感染する」と強く信じ込み、家族全員で引きこもるような生活が始まりました。
娘の状態が急に良くなるはずもなく、私は「悪化させないこと」だけを目標に、毎日を静かに過ごしていました。
コロナ禍という特殊な状況ではありましたが、今振り返ると**「環境の激変が、特性のある子どもに与えるダメージの大きさ」**は、何もコロナに限った話ではないと感じています。
進学・クラス替え・担任の交代——ルーティンの崩れが心身に直撃しやすい子どもにとって、変化そのものがリスクになることがあります。
オンライン入学式と、iPadの準備
迎えた4月。入学式はオンラインで行われました。
自宅で制服を着て、パソコン越しに校長先生や担任の先生の話を聞く娘。名前が一人ずつ読み上げられ、「はい」と返事をしたあの一瞬に、少しだけ笑顔が戻りました。桜の木の下で写真を撮りたかったな、という小さな夢も叶わないまま、入学後もオンライン授業が続きます。
私立校は決断が早く、4月中にはオンライン授業がスタート。売り切れが続くなか何とか手配したのがiPad Airでした。
授業ごとにZoomへ接続し、課題を提出する日々。
デジタル機器の操作に慣れていなかった娘には、最初の接続だけでも一苦労で、親としてもサポートに追われる毎日でした。
ただ、このときのiPadはその後もずっと娘の学習ツールとして活躍し続けています。
家庭学習・読書・調べ物と、特性のある子ほど「自分のペースで使えるデバイス」の恩恵が大きいと感じました。
6月、ようやく登校開始。でも——
緊急事態宣言が明け、6月末からようやく登校が再開されました。



頑張って友達を作るんだよ
と声をかけた私に、娘はこう言いました。



お母さん、友達といないとダメ?
その言葉に、ハッとしました。
友達は「頑張って作るもの」ではなく、自然に心が通じた相手と築いていくもの。
なのに私は無意識に、「普通に合わせること」を娘に求めていたのです。
娘はタレントや流行の話題で盛り上がる同級生に馴染めず、次第に一人で過ごすようになりました。
無理に誰かと一緒にいるよりも、自分のペースを守る方がずっと自然——そう考えて、「一人でもいいよ」と伝えました。
あの言葉を受け入れてから、私の中で何かが変わりました。
「この子を普通に近づけること」ではなく、「この子が安心して存在できる環境を守ること」が、親としての役割なのだと気づいた瞬間でした。
中学2年、再びのうつ症状と「不登校の時間」の意味
孤立と、再びのうつ症状
中学2年に進級しても、娘にはなかなか親しい友達ができませんでした。
クラス替えがあっても関係は浅いまま。
6月には再びうつ症状が出てしまい、テスト期間に数日だけ登校する以外は、家で過ごす時間が増えていきました。
毎朝起き上がれない娘を見ながら、私は何度もこう自問しました。



私が接し方を何か間違えたのだろうか
答えは出ませんでした。
ただ、責めても何も変わらないことだけは分かっていたので、「今日も生きていてくれた」ということだけを、静かに確認する日々でした。
ゲームとネットサーフィンの日々
登校できない日の娘は、午前中は「あつまれ どうぶつの森」を2〜3時間ほど。
それ以外はタブレットで延々とネットサーフィンをしていました。
正直なところ、最初は不安でした。



ネットばかり見ていて依存症にならないかな
時間を制限した方がいいのかな
そう思いながらも、心の安定を最優先にすることに決めました。
ただし、どんなサイトを見ているかはひそかにチェックしていました。
有害なものには触れていない。
それが分かったので、口を出さずにいられました。
「あの時間がなかったら、今の自分はなかったかも」
高校生になった今、娘はあの時期をこう振り返ります。



ネットサーフィンで、世の中のことをたくさん知れた。
あの時間がなかったら、今の自分はなかったかも。
確かに、娘が調べていたテーマはいつも深く、幅広いものでした。
社会問題から宇宙、心理学まで。
学校の授業とは無関係に、自分の「知りたい」を追いかけていたのです。
ネットで知識を得て、本で理解を深める。このサイクルが、今の娘の思考力の土台になっています。
実際、中2のころほとんど登校していなかったにもかかわらず、外部試験の成績は良好で、特に国語では学年1位という結果を出しました。
高IQの子どもは、必ずしも全教科が得意なわけではありません。
けれど「興味を持ったことへの集中力」は、驚くほどの力を発揮します。
学校に行けていない時間も、娘の中では確実に何かが育ち続けていました。
不登校期間の学びをどう支えるか
登校できない時期に、親としていちばん悩むのが「学習をどうするか」です。
無理に机に向かわせても、心が整っていなければ何も入っていきません。
かといって完全に放置することへの不安もある。
そのバランスをとるうえで助かったのが、子どものペースに合わせて学べるオンライン動画教材でした。
体調が良い日も悪い日も、自分のタイミングで止めたり戻したりできること。それが、心に余裕のない時期の学びには合っていました。
なかでもサブスタは、学校の許可が得られれば学習を出席扱いにしてもらえる場合があります。
「家にいても学んでいる」という事実が、本人の自己肯定感を守ることにもつながります。
ギフテッドや2Eの子どもは学年を超えて先取りしたいケースも多く、学年に縛られず進められる点もサブスタが合いやすい理由のひとつです。
映像授業で自分のペースを守りたい場合は、スタディサプリも選択肢に入ります。月額2,178円(税込)から始められ、小学生から高校生まで幅広く対応しています。気力が戻ってきたタイミングで、そっと選択肢として提示してあげるのがおすすめです。
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親が「見守る」ということの意味
不登校期間中、私が心がけていたことがひとつあります。
それは、娘の「今」を頭ごなしに否定しないことです。
ネットサーフィンをしている娘を見て「無駄な時間を過ごしている」と決めつけないこと。
親が不安を顔に出すたびに、子どもはそれを敏感に読み取ります。
「自分はダメだ」という感覚を積み重ねてしまうのです。
「今この子がやっていることには、何か意味があるのかもしれない」——そう信じて見守ることが、結果として娘の回復を支えたのだと今は思っています。
スクールカウンセラーと医師のサポート
この時期、私が孤立せずにいられたのは、中学入学当初からつながっていたスクールカウンセラーの存在があったからです。
娘が登校できない時期も、Zoomで定期的に面談を続けてくれました。
「今週はどうでしたか」という短いやりとりでも、「見ていてくれている人がいる」という感覚が、私自身の支えになっていました。
さらに、小5のときから月に一度通院していたクリニックでも、先生が穏やかに娘の話を聞いてくれていました。
娘はそのたびにこう口にしていました。



3年生になったら、毎日学校に行く
その言葉を何度も繰り返していたのには、理由がありました。
高校進学のために必要な3つの条件
この学校では、内部進学のために以下の条件がありました。
- 欠席・遅刻・早退の合計が規定日数を超えないこと
- 成績に「1」がないこと
- 生活態度に問題がないこと
娘はこの条件をしっかり理解し、「高校には絶対に行きたい」という強い意志を持つようになりました。
特性のある子どもは「なんとなく頑張る」が苦手です。
でもゴールが具体的に見えると、驚くほど粘り強く動ける。この経験でそのことを実感しました。
親が外部サポートにつながることの大切さ
スクールカウンセラーとかかりつけ医——この二つの外部サポートは、娘を支えてくれると同時に、私自身が「これでいいんだ」と思えるための場所でもありました。
不登校の子どもを持つ親は、どうしても孤立しがちです。
「なぜうちの子だけ」「私の育て方が悪かったのか」という思いがぐるぐると頭を回ります。
でも、一人で抱え込まないことが、長期戦を乗り越えるうえでとても重要です。
学校のスクールカウンセラーに相談することをためらっている方がいれば、ぜひ一歩踏み出してほしいと思います。
中学3年生、再び登校する日々へ
不思議なことに、中3になってから娘は朝すんなり起きられるようになりました。
自分から制服に着替え、登校する日が増えていったのです。



いつかまた行けなくなるかもしれない
はじめのころはそう思うことがしばしばありましたが、それでも前へ進む姿を見るたびに、その不安は少しずつ薄れていきました。
一学期は週1回の欠席ペース。
夏休み明けには再びうつ症状が出てしまったものの、文化祭の準備が始まると毎日登校できるようになりました。
娘にとって「やりたいこと」があると、体が動く。
そのことを改めて実感した時期でした。
学習の立て直し——映像授業で自分のペースを守る
中3になって登校が増えてきたタイミングで、学習の立て直しも少しずつ始めました。
このころ取り入れたのが映像授業です。学校の授業に合わせて進めるのではなく、娘が「今やりたい」と思ったところから自由に学べる環境を整えることを優先しました。
特性のある子どもは、学年を超えて得意分野を先取りしたいケースが多く、反対に苦手科目は基礎からやり直したいこともあります。自分のペースで止めたり戻したりできる映像授業は、そういった子どもにとって非常に合いやすい学び方です。
東進オンライン学校は、小中学生を対象に自分のペースで学べる映像授業サービスです。有名講師による分かりやすい授業と、10日間のお試し期間があるので、まず試してみるハードルが低いのも魅力です。
スタディサプリも、月額2,178円(税込)から始められる手軽さで、小学生から高校生まで幅広く対応しています。娘が「少し学びたい気分」になったタイミングで、そっと選択肢として提示してあげるのがおすすめです。
高校進学、そして研究クラスへの挑戦
中3の終わり、娘は高校進学の条件をすべてクリアしました。
欠席日数、成績、生活態度——どれも決して楽にクリアできたわけではありません。
うつ症状が再発した時期もあり、登校できない日もありました。
それでも娘は「高校に行く」という目標を手放さなかった。
そのことが、どれほど嬉しかったか。
さらに娘は、高校進学と同時に研究クラスへの進級も志望しました。
研究クラスには、以下の条件がありました。
- 英検3級以上を取得していること
- 通知表の苦手科目も「3」以上であること
- 欠席日数が15日以内であること
どれも、不登校を経験した娘にとって簡単ではない条件です。
それでも娘はすべてを達成し、見事に研究クラスへの進級が決まりました。
この学校を選んだ理由のひとつが、探究・研究活動が盛んな環境だったこと。
あのとき娘が気に入って選んだ学校で、その環境にたどり着けたことが、信じられないほど嬉しかった。
コロナ禍で奪われた中学生活、それでも得たもの
文化祭、体育祭、修学旅行——娘が楽しみにしていた行事は、コロナ禍で2年間ほとんど中止か縮小になりました。
行事を心の支えにしていた娘にとって、それは大きな痛手でした。
それでも、あの3年間が完全に無駄だったとは思いません。
不登校の時期にネットで得た幅広い知識。
本で深めた思考力。
学校の授業とは別のところで、娘の中に確実に積み上がっていったものがあります。
コロナ禍という特殊な状況ではありましたが、「学校に行けない時間=失われた時間」ではないということは、どんな時代にも言えることだと思います。
学校という場所で得られるものと、学校の外で得られるもの。
その両方があって、人は育っていく。
娘の中学時代は、私にそのことを教えてくれた3年間でもありました。
高校から道が開ける——環境が人を変える
高校に上がってから、娘は別人のように変わりました。
毎朝自分から起き上がり、楽しそうに登校する。
部活に没頭し、研究活動に全力を注ぐ。
帰宅するたびに「今日こんなことがあって」と話してくれる。
あのころの娘を知っている私には、今の姿が夢のように見えることがあります。
いったい何が変わったのか。私なりに考えた理由をお伝えします。
義務教育の「全員同じ」が、特性のある子には重い
中学時代は、どうしても「やらなければならないこと」が多い時期です。
決まった時間に登校し、決まった授業を受け、決まった行動をとる。
そのひとつひとつが、特性のある子どもにとっては想像以上のエネルギーを消耗させます。
娘のようなタイプは、「合わせようとすること」自体で疲れ果ててしまいます。
表面上は問題なく見えても、内側では静かに削られている。
そのじわじわとした消耗が、うつ症状として表れていたのだと今は思います。
高校では「選択」が増える
高校に上がると、学びの選択肢が広がります。
得意分野に集中できる授業、自分で選べる部活、探究・研究という形で「正解のない問い」に向き合える時間。
娘が求めていたのは、まさにそういう環境でした。
同じ興味を持つ仲間と出会えたことも大きかった。
「変わっている子」ではなく、「個性的で面白い子」として受け入れてもらえる場所が、ようやく見つかったのです。
私立校の「先生が変わらない」安心感
私立中高一貫校の良さのひとつは、先生の異動が少ないことです。
中学時代からずっと関わってくれた養護教諭やカウンセラーの先生が、高校でも娘を気にかけてくれています。
何かあればすぐに相談できる温かい環境。
それが娘の安心感を支え続けています。
進路相談でも、娘の得意分野をよく理解した先生が的確なアドバイスをくれています。
「この学校を選んでよかった」と、今も心から思います。
お母さんへ——「今が一番つらい時期」かもしれない
もし今、お子さんが学校生活に苦しんでいるなら、ひとつだけお伝えしたいことがあります。
今が、一番つらい時期かもしれません。
登校できない子どもを見ながら、



このまま社会に出られるのだろうか
と毎晩不安になる。
私もそうでした。
答えが出ないまま、ただ朝が来て夜が来る日々。
あのころはこの苦しみが永遠に続くように感じていました。
中学時代がどれほど苦しくても、高校から景色が変わることは本当にあります。
お子さんを「普通に近づけること」ではなく、「この子が安心して存在できる環境を守ること」——それが、長い目で見たときに一番のサポートになると、私は信じています。
どんな形であっても、お子さんの個性が尊重される場所を探し続けてください。
中学受験でも、転校でも、家庭での学びでも。
選択肢は、思っているよりたくさんあります。
まとめ|あの3年間があったから、今がある
娘の中学時代は、順風満帆とは程遠いものでした。
コロナ禍による孤立、再発するうつ症状、登校できない日々。
「もうこのまま高卒にすらなれないかもしれない」と思ったことが、何度もありました。
それでも今、娘は毎朝楽しそうに登校しています。
研究活動に没頭し、部活で自分らしく生き、進路に向けて真剣に向き合っています。
あの3年間は、無駄ではありませんでした。
むしろ、あの時間があったからこそ娘は「自分らしさ」を見つけられた。
そう確信しています。
高IQやギフテッド、2Eの特性を持つ子どもは、環境が合えば驚くほど変わります。
合わない環境で消耗させ続けないこと、「今は休んでいい」と本人に伝えてあげること。
それが、二次障害を防ぎ、高校以降の可能性を守ることにつながります。
あなたのお子さんにも、きっと光が見える時期が来ます。
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